埼玉県寄居町のカウンセリングルーム

心のコラム

№62 千の手になって私たちを見守る ~興福寺・薬師寺そして三十三間堂~

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№62 千の手になって私たちを見守る ~興福寺・薬師寺そして三十三間堂~


 奈良と京都を訪れ、飛鳥時代から鎌倉時代にかけて造られた多くの仏像と出会いました。一泊二日の慌ただしい日程でしたが、興福寺、唐招提寺、薬師寺、三十三間堂と、高校の修学旅行以来、久しぶりに多くの仏像と向き合う旅となりました。
 当時はまだ政治の力が弱く、度重なる自然災害や疫病、飢饉から人々を救うことができませんでした。その中で、為政者が「国家鎮護」を願い、拠りどころとしたのが仏教でした。こうした時代背景を思うとき、カール・マルクスの「宗教はアヘンである」という言葉が思い起こされます。宗教への帰依が社会制度の改革への目を曇らせ、結果として権力者に都合のよい社会を温存してしまう、その危うさへの警鐘でした。
 しかし、いつの時代でもこの世は「不条理」です。私たちの国だけがとりわけ過酷だったわけではありません。より豊かで快適に過ごしたいという思いは、いつの時代も同じです。
 最初に訪れた興福寺の国宝館では、「天平の美青年」とも称される阿修羅像に対面しました。平城宮跡では、大極殿や朱雀門が復元され、その壮麗さに目を奪われました。唐招提寺では鑑真和上像を拝し、五度の渡航失敗の末に失明しながらも来日を果たした、その揺るぎない志に深い敬意を覚えました。
 薬師寺はまさに圧巻でした。かつては「凍れる音楽」と称される東塔が静かに佇むのみでしたが、今回訪れると、薬師三尊像を祀る金堂、朱と緑が鮮やかな西塔、玄奘三蔵院伽藍、大講堂、食堂などが再建され、白鳳文化の息吹を体感することができました。
 三十三間堂では、要所に設けられた説明書きに導かれながら理解を深めることができました。中央に安置された湛慶作の十一面千手千眼観世音を中心に、左右に五百体ずつ、合計千一体の観音立像が並ぶ光景は、圧巻でした。平安から鎌倉にかけて、仏教は貴族文化の中で洗練されつつ、「来世での救い」を説く浄土思想が広まり、戦乱や社会不安の中で庶民の信仰へと浸透していきました。四十本の手がそれぞれ二十五の苦を救うという千手観音に込められているのは、生きる苦しみと、それを乗り越えようとする人々の切実な願いです。
 しかし、それでもなお、人が求める救いは尽きることがありません。千の手をもつ観音様でさえ、もしかすると「手が足りない」のかもしれません。合掌。

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