かつてのムラ社会では、老人には、作物の作付や収穫、気候変動への対応などに関する経験や知恵がありました。また、若い嫁には料理や裁縫、子育てなど、暮らしの知恵を伝えることで、それなりに存在感や重みがありました。
しかし、都市化と近代化により、農業も家事も機械化され、農業従事者も激減しています。老人の経験や知恵に学ばなくても、AIに聞けばいい時代になってしまいました。
アメリカの社会学者ドナルド・カウギル(1911–1987)は、近代化が進むほど、高齢者の社会的地位が低下するという「近代化論」を唱えました。
① 技術革新によって、経験の価値が相対的に低下する
② 家事・労働の機械化によって、高齢者の技能が不要になる
③ 教育の普及によって、知識の伝達者としての高齢者の役割が低下する
④ 都市化・核家族化によって、世代間の結びつきが弱くなる
⑤ 若い世代の経済力が高まる
⑥ 情報の更新速度が速くなり、「年長者=物知り」という関係が崩れる
では、こうした社会の変化に高齢者はどのように適応してきたのでしょうか。アメリカの老年学者ライチャード(Reichard)らは1962年の研究で、高齢者の老年期への適応を5つのタイプに分類しました。
①円熟型 老いを現実的に受け入れ、自分らしい生活を続ける。
②安楽椅子型 仕事や責任から解放され、他者への依存も含めて悠々と暮らす。
③活動維持型 老い・身体的衰えへの不安を打ち消すように、活動性を維持する。
④不満型 人生の不満や失敗を、他者や社会のせいにする。
⑤自己嫌悪型 人生の失敗を自分の責任とし、自分を責める。
さて、あなたはどのタイプで老後を過ごしていますか。かつて詩人で劇作家の寺山修司は、「書を捨てよ、町に出よう」と若者に呼びかけました。その若者たちも、すっかり歳をとりました。今では、町を歩いているだけで「徘徊」と間違えられかねない年齢です。
かつてない高齢社会で問われているのは、「高齢者という人間として、どう生きるか」ということかもしれません。社会学者の上野千鶴子は「役に立たなきゃ生きてちゃいかんか」と問いかけています。
さて、高齢者のみなさん、あなたは、どう応えますか。

心のコラム
№87 高齢者に価値はあるのか? ~役に立たなきゃ生きてちゃいかんか~

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